2014年4月22日火曜日

楽器を吹くことは楽しめないので音楽を表現することに喜びを

某ハイアマチュアの方から、掲題のコメントをいただきました。

名言だと思います。

耳が肥えるほどに、やりたいことが増えてくる。

でも、できない。

そりゃストレスってもんです。

でも、そんなことに囚われずに音楽を楽しむことが大事だよね。

ヘタウマってのもいい。

人は心意気に感ず。

人はどういう音楽に心を動かすのだろうか。

たぶん、誰も体系的に説明しきれないだろうが、「気持ち」が入っていないとダメだよね、きっと。

今日は基礎練習をパス。
Ashitaばかり吹いてみた。
近日中にAshitaを録音してみようと思う。

YouTubeで聴く、Sonoreさんの演奏を何度も聴いたので、自分で吹くと、Sonoreさんになった気分で吹くせいか、とてもいい音が出る(ような気がする)。

このところClaudio Barileさんになったつもりで吹いていました。

名人になったつもりで吹くっていいですね。

いくらか実力がアップした感じになりますもの。

Claudio BarileさんやGalwayになったつもりは吹き過ぎになってしまうことに注意だな。

これからはフレンチスクールの名手になったつもりでね。

誰のつもりになろうが、私の自由なのだ。


明日は歌のレッスンなのだが、元気が出なくて練習できていない。

体中に漲る元気が欲しい、、、。


田せりを胡麻油と砂糖と出汁醤油でサッと炒めてみました。
旨々です。

12 件のコメント:

  1. こんばんは 相変わらず音楽三昧の日々でうらやましいです 僕もいずれはこのような生活を送ってみたいですね
    さて先日、フルートの体験レッスンに行ってきました なんと、先生が最寄り駅まで迎えに来てくださいました なんて親切なんだろう
    ご自宅のレッスン室に入ってすぐに、ロングトーンの譜面を渡され、吹くことに その他、持参した教本や曲を色々演奏して、結局、1時間30分もレッスンをしてくださいました 先生はピアノ伴奏までしてくれたんですよ 初対面でアンサンブルするなんて、そうそうあることではないので、幸せでした 来月から月2回のレッスンを受けることにしました 相性がよさそうな先生に出会えて、僕は本当に運がいいなぁ

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  2. パスピエさん
    コメントありがとうございます。
    いきなり相性のいい先生に巡り会えたようで、よかったですね。
    プロの生ピアノの伴奏ってレッスンでは当たり前に行われますが、実はとても貴重な時間だと思います。
    だって、自宅でそんなことできないですから(笑)。
    次のレッスンが楽しみですね。
    教える方と、教えてもらう方が、熱心に取り組むと90分くらい、あっという間に過ぎてしまいますね。
    さすがに120分やると疲れて集中が続きませんけど。
    私の場合は毎回90分が合っています。
    30-40分だと短すぎると思います。

    フルートで楽しみましょう!

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  3. 音楽にうまい下手って関係ないと思うんですよ。いや、関係ないと言うより、音楽をうまい下手で評価すること自体意味がないというか....。

    いわゆる「へた」でも音楽を表現しようとしている、へたなりに表現されている演奏はありますが、いわゆる「上手い」でも音楽になっていない表現されていない演奏はあります。それを「上手い」「「へた」で評価しても意味がないと思うんですよ。

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    1. Sonoreさん、
      いいですねえ。そういう視点って。
      usagimakiさんの「宙よ SORAYO」を聴いて泣きたくなったというコメントが寄せられていますね。
      型に入って型から出よ、が理想なのでしょうが、型に入らずとも人の心を動かすことだってあるのでしょう。

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    2. お聞きいただきましたか、アレを。^^

      アレを歌っあ息子ももう中学2年生となってしまいました。
      自宅でiMacの前で私がエンジニアでGaragebandで録音したものです。

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    3. あ、Sonoreさんの二世だったんですか、、、。
      それは失礼しました。
      いい味持っていると思います。
      将来が楽しみですね。

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  4. しょうしょう技量が不足していても、音楽が望む方向で表現されようとしていることは素晴らしいことですが、どんなにメカニックに秀でていてもその音楽を殺す方向で表現されようとすることは、音楽にとって、それを聞く人に取って「不幸」なことです。

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    1. 音楽が望む方向、ちょっと私には難しいかなあ、、、。
      エチュードなどで、曲自体が好きになれないと練習が辛いですが、先生が模範演奏するのを聴いて、その曲が意外に美しいことを発見したした時は俄然やる気が出てきます。
      曲のよさを発見する力と、次にそれを表現しようとする試みが面白いなあと思う事があります。
      そういうことなのかな、、、?

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    2. なんと言えばいいのか.....好き嫌いは別として、その音楽自体が語ろうとしているものってあると思います。それを形に表すだけなんですけどね。

      よく演奏に「気持ちを込めて」「心を込めて」って言いますけど、あえて言えば、演奏に気持ちや心って直には入りません。
      やはりそれは音楽としての形に表さないと.....。

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    3. 作曲者の意図、または時代のスタイルを読み取って素直に表現することなのかな。。。
      歌のレッスンでは「ワナワナする気持ちを込めて」とよく言われますが、間違ったアプローチをすると、テンポから遅れてだらしなくなってしまいます。
      遅れずに気持ちを込める、音楽としての原則は守った上で歌うってことかなあ、、、。
      なかなかこの辺のところは奥が深いです。。。

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  5. お確かに奥が深いですし、いろいろな見解もありますね。

    日本人は抑揚の表現が好きなようで、上げ下げでべったりしたりテンポが遅れがちな傾向があります。西欧人はこれをリズムで処理する傾向が強いですね。言語的な影響が大きいと思います。

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    1. オバサンの井戸端会議などを聴いていると、かなり抑揚が激しく感じることがあります。「わあたしがこれでいいと言っているのにぃ、嫁と来たらさーー、ちーーーっともやらないんだよーーーー。」みたいな(笑)。
      韓国語や中国語も最近はフランス語っぽく話すことが流行っていますが、中身はわかりませんけど、オバサンの井戸端会議と抑揚が似ているなあと思います。
      時間軸では(西洋)音楽的リズムじゃないところで音節を区切っているのかもしれませんね。

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