2015年1月31日土曜日

アルテリーベ新橋 

フルートは困難な課題に直面しているが、吹く時間は取れずじまい。。。


オペラ出演に備え、主役との二重唱の初稽古。

しっかり練習したはずなのに、音を外すは、声がサチるは、演出家の指摘を守ろうとするとセリフを忘れるなど、、、散々で、改めて「演ずる」ことの難しさにショック、、、。

気を取り直して新橋のアルテリーベというドイツ料理を食べながら(もちろんドイツビールも)オペラアリアを楽しむディナーへ。
舞台の真ん前に着席。

す、すごい音圧。

歌手の奥歯の詰め物が見える、、、汗。

いやー、このお店のお客さん、年配者が多いのだが、みんなオペラ大好きで、リビアーモの合唱部分を声を揃えてみんなで歌うんですよ。すごすぎ。

ソリストの演じ方も大変テンションが高く、見事でした。

こういう本物に触れると、シロートが人前で演奏することがホトホトいやになってくる。

安易にシロートが舞台に載ってはいけないのだよ。

が、しかしモノは考えようで、同じように演ずることは不可能だけれども、シロートの演ずる味を出せる楽曲で人を楽しませる演じ方があってもいいよね。



映画「天国は、ほんとうにある」観る。
ネブラスカで本当にあった(と言われている)話の映画化。

本当は「ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して」を観たくて映画館に急いだのだが、雪のため電車が遅れて間に合わなくて、仕方なく「天国は、ほんとうにある」を選んだ。

つまり午前のオペラの稽古からアルテリーベディナーまでの時間調整。

神を信じよ、と説教している神父が実際に自分の息子に起きた臨死体験での神秘に触れ、自問自答するのは、ダーウィンを知りながら皇軍として戦った日本兵のごとしってことだな。

2015年1月29日木曜日

B層のネットリテラシー

音の響きに注意してノータンギングとタンギング。

ソノリテの音の同質性も伸ばす音より、初めの音の立ち上がりを最も重要だと考えて練習している。

やっと、いくらか成果が出てきたような気がすると自画自賛。


レッスンは例によって初見のテストから。
初見のテストと言うより、アンブシャの柔軟性テストと言う感じ。
丸をもらうことができたけど、上昇する時に二つ目の音を小さくすることと、下降時の低音は吹き込まないようにとの指摘を受けた。

わかっちゃいるが、難しいのだよ。。。

アンデルセンはまたもや×。

リズムを強調すべくテンポアップすると指が転ぶ。

そこで、メロディーラインをきちんと捉える訓練をするようにとの指摘なのだが、メロディーラインがどこなのかは、感覚的に捉えないといけない。

脳みそがヒートしてきた。。。




近所の喫茶店にて、
「xxxxが体にいいんだって。」
「へー、そうなの?」
「うん、テレビで言ってた。」

誰が何を根拠に言っていたのかが重要なのだが、一億総白痴化を狙うテレビを鵜呑みにする人がたまにいる。

先日、近所の芸術家の卵が集まるお店のカウンターに食事に出かけたら、お店にしては珍しく、年配のオヤジが隣で一人で飲んでいた。

お店の人が、ISISに捕らえられた人質どうなっちゃうんだろうねえ、などと話していたら、件のオヤジが、
「ISISは◯国が支援しているんだ、けしからん!」
私「え?そうなんですか?」
オヤジ「みんなそういうことを知らないのは問題だ。◯◯党の半数は在日◯◯人だとか知らないだろう?」
私「え?そうなんですか?」
オヤジ「今の人は自分で調べて自分で考えないからダメなんだ!」
私「どうやって調べるのですか?」
オヤジ「ネットに書いてあるよ!」
私「なんていうサイトですか?」
オヤジ「どこのサイトとかじゃなくて、ネットで調べればそんなのたくさん出てくるよ!!」
私「・・・あのー、それってもしかして、、、」
オヤジはすっくと立ち上がり、座った目で此方を睨みながら、
「とにかく◯国と◯国とメディアはけしからんのだ。今こそ日本人は立ち上がらなくてはいけないんだよ。どうしてそれがわからないんだ!!!」

2005年のB層はコンピュータリテラシーが低いのでフライヤー戦略が望ましいとされていたが、今時のB層はすっかりネットを使いこなして勉強するようになったようで。。。

2015年1月24日土曜日

もらえる、、、

TEACのハイレゾアンプを買ってから自宅で録音音楽を聴く楽しみが増えた。

音の透明感、クッキリ感がかなり向上したからね。

だが、経験上、オーディオ装置を取り替えた直後は新鮮な気持ちにビックリするのだけれども、しばらくすると、その新鮮な音に飽きてしまいがちなんだよね。

それでもって「この音は違うなあ、、、」などとベートーベンみたいなことを言いながら装置を取っ替え引っ換えすることになる人をたくさん見てきた。

オーディオ装置は音楽を聴くための手段なのであって、装置自体が目的に転倒することのないようにしないとね。

アンプをTEAC AI-501DAにしてから聴くのはオケをバックにしたオペラのアリアやカラヤンがバチカンで演奏するモーツァルトの戴冠式のミサなど。

大好きなフルートのソナタやコンチェルトはどういうわけかほとんど聴いていない。

おとなしい楽器の演奏は仰々しい装置で聴く必要がないのかな。

フルセットで39,800円のオンキョーのミニコンポは、小さめの音量でもそれなりに豊かに聴こえたが、TEACのアンプだとある程度音量を上げないと本来のリニアなダイナミックレンジが感じられない。

もちろんラウドネススイッチなんてないしね。

なので、ある種の「音楽を聴く」覚悟を持って臨まないといけないかも。

覚悟を持って聴くのでなければ、むしろラジカセかオーラトーン(ラジカセユーザーを視野にしたスタジオモニター)で聴いた方がよいのではなかろうか。

iTunes音源との接続はUSBケーブルなのだが、これがワイヤレスだったらもっとよかった。

TEACのサイトにはオーディオ用USBプレゼントキャンペーンの告知がされていて、「購入者限定 応募者全員 もらえる」とある。

こちらが何も提供しないのに、片務的にもらえることは通常ありえない。
ケーブルとアンプを抱き合わせて、価格を据え置くいわゆるディスカウントなわけで。
それも不要な製品と抱き合わせるくらいなら、はっきり価格に反映してほしいもんだ。
ブランドヴァリューを下げずに売り上げを上げたいなど、諸々の事情があってのことなのは、かつて製品ベンダーの側にいた者としてわかってはいるのだが、、、。

販売促進の定番「今、xxxxを買うとzzzzがもらえる」、というフレーズに違和感がある。

何かを無料でもらえるということは、本来嬉しいはずなのだが、何かそのフレーズには上から目線といいますか、人をバカにしたようなニュアンスを感じるのだ。

スーパーの店頭でウォーターサーバーの営業が「無料でもらえます!」と近寄ってきた。
聞けば、サーバーが無料で水は有料なのだ。そりゃそうだよね。
だけど、「無料でもらえます!」の掛け声で人の注意を引こうとするやりかたには、無料なら飛びつくだろうと軽んじられているような印象がある。

「ふざけるな!こちとら乞食じゃねえんだ。」

って気分になる。

それでもUSBケーブルのプレゼントには応募したけど。


久しぶりのピッツアはウマウマ。






2015年1月17日土曜日

認知、、、

今日はご近所のフルート仲間とアンサンブル。

新年から新しい曲が増えていて、出かける前にあわてて楽譜をプリントアウト。

チャイコフスキー、くるみ割り人形から行進曲。
初見をインテンポなので指を間違える。

初見なので大目に見てくださいね。

え?初見じゃない?11月に一度やっていて、その際はちゃんと吹いていた?

うそ?

まーた、みんなからかってるんだよね?

え???どうやらからかっているのではないようだ。

でも、本当に楽譜に見覚えがないのだよ。

あーあ、なんだかほんとうにやばいかも。

年末に本番演奏が三つもあって、ハフハフしていたからだよね。

昨日の晩に何を食べたか覚えていないことは問題ないが、今日晩飯を食べたかどうか思い出せないのは問題だそうだ。

二ヶ月前にみんなで演奏した曲を忘れるって果たしてどっちなんだろう。

そりゃやばいほうだよね。。。



ハイレゾオーディオアンプを買ってみた。

今まではオンキョーのフルセットで39,800円のミニコンでした。
十分いい音だし、オーディオ装置に費用をかけるより生演奏を聴きに出かけたり、自分で演奏するためのレッスンに費用をかけるほうがいいと思っていた。

それでもTEACのこのアンプのデザインには前から引かれるものがあった。
購入動機はほとんどデザインのみ。

機能もシンプル。

ほんとうはBluetoothがあるといいんだけど、そういう機能は高級オーディオにはついていないのだ。

音の出口であるところのスピーカーが最も音質を決定づける要素が大きいと言う。
セットで39,800円のスピーカーのままアンプだけ換えてみた。

びっくり!

音の透明感が格段によくなり、鮮明に聴こえる。
iTunesに入れてある音源を再生してみた。

くっきりした音で聴くことの楽しみができてよかったのだ♪
これからはトールボーイのスピーカーを物色する楽しみと、ハイレゾ音源で基幹脳の活性化を目指すのだ。

そしたら認知、、、治るかも。。。

2015年1月15日木曜日

レッスンの幸せ

レッスンは例によって初見のテストから。
一拍を二つに割って、さらにその半分が三連符だったりするだけなのでリズムはクリア。
クロマチックもスムーズにクリアした。
が、例によってフレージングの切れ目を正しく理解できていなかった。
フレーズの切れ目はどこなのか、このぐらい初見で見抜けないとダメなのだ。。。

そしてまたまた例によって音を間違える。登りのフレーズで楽譜どおりに吹いたのに下降で臨時記号を落とすことが多い。
調性感がないからこういうミスをするのだそうだ。
でもなあ、、、。調性感がないわけではないと思うのだよ。
これが、口笛や(吹けないけど、、、)歌だったら音を間違えないと思う。
よほど自分の感性に合わないフレーズならともかく、特定の音をイメージしても、その音を出すんだという意思が自然と運指に繋がらないのだ。
これはほとんどのアダルトビギナーが同じ悩みを持っているのではなかろうか。
これはほとんど諦めるしかないだろう。ま、いいさ、死ぬわけじゃなし。


課題曲、アンデルセンの10番は次回までにテンポを上げて、リズム感を強調するようにすることとなり、さらに11番について少し見てもらった。

11番は自分でも音の移動に音楽を感じ辛く、いわゆる「早く終わらせたいエチュード」だったのだ。

が、これは音形を見ると、はじめの三つが下降し四つ目がポンと上がるパターン。
と言うことは、一つ目と四つ目が大事。

 つまり、
このパターンで練習するとメロディーがはっきり見えて来る。
そして、付点音符を吹いている時に、本来聴こえるはずの音を想像しながら演奏することで、つまらないエチュードだと思っていたものがとても綺麗な音楽になった。

これは新しい発見だね。
音楽をよく知っている人にとっては「あたりまえのこと」かもしれないが、シロートにはこうした発見が嬉しくてたまらない。

ああ、シロートでよかった。

2015年1月10日土曜日

小さな幸せ サムソナイトの修理 DIY

海外旅行の際に持っていく荷物についての考察。

近年はEagle Creekのホイールラッゲージという布製に伸縮自在のハンドルとキャスターのついたモデルを愛用しています。

機内持ち込みギリギリのサイズで、エアーによっては機内持ち込みを許可しない場合もありますが、カウンターでお願いすれば、だいたい機内に持ち込めます。

これのメリットは、トランジットで荷物が紛失しないことと、到着後預けた荷物を待たずに、さっさと空港から出ることができることにつきます。

ですが、今年訪問するヨーロッパ旅行は舞台衣装などがあるためにEagle Creekでは小さすぎて荷物が入りきりません。

どうしようー、、、。

ずいぶん前に買ったサムソナイトの大きなスーツケースが二つあるのですが、数十年の経年変化でキャスターのゴムがボロボロになっていて実用になりません。

それでも捨てないでいたのは貧乏性の悲しいサガですね。

しょうーがない、いいかげんに新しいのを買おうか。

調べると中国製だと1万円代から。
日本製でしっかりしたものだとエースのProtecAが5万円くらい。
リモワやゼロハリの平行輸入だともう少し高い。

1万円の製品は安いけど、一回で壊れたらCPが低い。
耐久性のありそうな製品でも、キャスターはいずれ壊れるようだ。

ちなみにキャスターの壊れたサムソナイトをメーカーで修理すると2万円以上かかりそう。

どうしたものかと思案していたら、、、、

DIYで自分で修理するって手があるじゃないか!
ボロボロの車輪
車軸をドリルで脱却
50年くらい前のハンドドリル
ハンマーキャスター他
アフター

修理にかかったパーツの総額、784円也。
5万円ほどを覚悟していたのに784円で済んだ!

壊れたサムソナイト、捨てないでいてよかった!!

壊れたからすぐに買い換えるのではなく、DIYで直せるものは自分で直す。

小さな幸せを感じる時ってこういう時。

キャスターから車輪を脱却するのにドリルを使うと、軸自体がドリルの刃と一緒に回ってしまうので、ある程度ドリルで削ったらヤスリでゴシゴシ削るなどしたので、四輪全て取り替えるのにずいぶんと時間がかかってしまった。
けれど、なぜか作業を始めると夢中になってしまって、最後までやり遂げるまで中止できないのだよ。
急ぐわけでもなし、1日1個ずつでもいいのだけれど。。。

そんなわけで、フルートはスケールとアルペジオだけでおしまいな1日。

2015年1月8日木曜日

過度な緊張対策 星空を眺める

へっぽこシロートが人前で音楽を演ずるなんて緊張しちゃうよね。

伴奏合わせ当日も午前3時に覚醒して眠れないし、ゲネプロから本番に近づくに従い緊張はピークに。

失敗したからって命に別状があるわけじゃないんだけど、緊張が緊張を生むループに入ると、なかなかそこから抜けられないのだよ。


山に行って星空を眺めながら寝ることがある。広大な宇宙空間を眺めながら、時間と空間と、その先を想像することはとても気持ちを落ち着かせるのだ。
それを自宅でやってみたら緊張対策に効き目があったのだ。

雲のない寒い日にベランダで寝るだけのことだけど。
写真はイメージです、って当たり前だよね。
時間とは何か、無限の空間とは何か、存在とは何か、子供の頃はよくそんなことを一晩中考えていたりした。
これで賢かったら哲学者になっていただろうに。

果てしない空間と悠久の時間の中で、いかに自分の存在が小さいかと思うと、数分間だけ人前で演ずることはさらにまた小さいことで、宇宙には全くと言っていいほど影響がないんだよね。
そう思うと、なんだって平気さ。
いつかこの命が終わる時、きっとこの宇宙空間に溶けるように一体となるような気がする。

何故そう思うかと言われても説明できないけど、一神教のような裁きに合うという気持ちにはなれない。
仏になる修行はしていないが、何故か直感的に宇宙と一体になれそうな気がする。

そんな直感は理性の錯覚かもしれないが、、、。

2015年1月1日木曜日

フルートクライス同級生のコンサート 

昨日は大晦日、そして今日はお正月だったんですね。

なんと1日勘違いしており、昨晩酔っ払って寝ていると友人から電話があり、早く年越しパーティーにおいでと言うではないか。
え?明日でしょ?と間抜けな私。

酔っ払って寝てしまった。とほほ。

今月末にはフルートクライス主催の上坂さんの同級生のコンサートがあります。




ミュージカル「SEMPO」、「日本のシンドラー 杉原千畝物語 六千人の命のビザ」観る。
近・現代史の解釈については様々な意見があるので時として辛いのだが、人道という視点だけは揺るぎないのだ。