2012年2月11日土曜日

ソクラテスかプラトンか

みんな同じことを悩んでいるんですね。
全ての音域を同じ吹き方では吹けないのに、同じ吹き方をしなさいと言う。
それは、ほんのわずかの違いで響かせるべきなのに、安易に音が出しやすい方法にたよってしまいがちなことを戒めているのですね。

ではほんのわずかな違いを身につけて、いつでもどの音域でも豊かに響かせるためにはどうしたらいいのか。
全身を耳にして、自分の音を聴く。
姿勢。
呼吸。
脱力。
これらに注意してソノリテ、スケールとアルペジオを地道に訓練する。
そしてやがて自由に音をコントロールできる日がやってくる。
来ますよね?生きている間に。
そしたらオルフェウスになって、エウリディーチェと一緒に翼を羽ばたかせ、ダンスでなしえなかったストリートパフオーマーとなって駅前広場で自由に演奏することでしょう。

他に、こうしたらいいという近道があったら誰か教えてください。




83歳で宅建の試験に挑んでいる人がいるそうです。不動産を仕事にするでもなく、自己のチャレンジなのだそうです。
そういう強い意志とはどこから来るのでしょう。


私自身は何故そうしてきたのかわかりませんが、歴史に関わろうとする意志があったように思います。「世界を変える」ことに携わったように思えることの居心地の良さがありました。
熱病にかかったように我が身を燃焼させる人生もあるでしょう。
ですが、そのような意志とは一体どこから来るのでしょう?
そのような意志がなくなると、どこまでも落ちてゆくしかありません。


時空を超え、世界はクラインの壷のごとく無限大は無限小と表裏一体なのではないかという子供の頃からの世界の想像はいよいよ確信へと近づいてきます。


活発に生きるか、生きながら死に体となるか、脳内アドレナリンの状態でしか人は有り得ないのではないでしょうか。

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