2015年3月30日月曜日

みんな下品がお好きなんだね、、、

CNNやABC、NBCなどのワールドニュースを見ていると、アメリカは日本に比べて、なんてグローバルな視点で報道しているのだろうと錯覚してしまいがち。

どこの国でも視聴率のためには下品なジョーク番組が受ける。

U.S.のB層向けの番組でJimmy FallonにおちょくられたRobert Dickの反応がYouTubeに。

それにしてもボブ君、みごとにフルートを操っている。

こんだけ自在にフルートを操れたらいいなあ、、、私の方向性は違うけど。



映画「ザ・インタビュー」観る。
単なるコメディー。
北朝鮮が怒って上映中止したという触れ込みで話題性を獲得する刺激的なマーケティング手法と見た。
話題になったフランスの風刺といい、人はだいたいにおいて下品だな、、、。

2015年3月23日月曜日

パフォーマーかくありき

パフォーマー、と言ってもアップルが家電量販店向けにリリースしたオールインワンMacではありません。(古いなあ、これ知っている人、どれだけいるだろうか、、、)
家電量販店でパソコンは売れないもの、というこれまでの概念を打ち砕いた当時としては画期的な製品であり、流通政策でありました。

Macintosh Performaの話は置いといて、、、


Rieさんの演奏の翌日、浅尾真美さんを聴いてきた。
2012年にリサイタルを聴いて、その後スズキの発表会でのゲスト演奏を聴いていましたので今回で3回目。

もうほんとうに小学生くらいにちっちゃいんです。
なのに、ホールの隅まで豊かに響くんです。
プロだから当たり前ですが、綺麗にディミュニエンドしても音程は全くぶれません。
そんでもって全曲を暗譜で身体全体で表現するように演奏してます。
もう楽器は完全に体の一部みたいです。

Rieさんといい、浅尾さんといい、人前でパーフォーマンスして大きな拍手をもらうってことは、いかにすげーことなのかを思い知らされる今日この頃なのだ。

CDゲットしたけどサインもらわなかった、、、。

今度もらおっと♪

2015年3月22日日曜日

衣装や笑顔もパフォーマンス

宮前丈明さんのマスタークラスでご一緒したRieさんの演奏を聴きに出かけてみた。

南米のアルパというハープみたいな楽器を弾きながら歌うソプラノ歌手とフルートという構成。

南米に燦々と輝く太陽の光を思わせるような衣装と、ニコニコ満面の笑顔で演奏する姿がとても印象的。

演者のテンションが高くて、明るいって大切な要素だな。

ベニスの謝肉祭のバリエーションをとても簡単そうに吹いている。

いつも思うのだが、いい演奏を聴くと、自分のできない子ぶりがホトホト嫌になる。

自分なりの表現を懸命にやれればいいのだよ。

と言うより、それしかないではないか。



久しぶりのローマンピッツア。




2015年3月11日水曜日

指と音と元気と

音がよく鳴ってくれる時は指の動きもいい。

体全体に力が入っていない時だろう。

力を抜きすぎて、Cisのキーがきちんと塞がらないことがこのところよくある。

いきなり音がスカスカになって楽器が壊れたかと思う時はたいていCisが半開き。

いくらなんでも脱力しすぎなのだが、なぜかそうなってしまう。

発音と指の動きの滑らかさは連動しているように思う。

どちから一方だけが調子がいいという経験がない。



生命の息吹を感じる季節は自然と元気いっぱいになれる。

声楽のレッスンではよく「最近あったいいことはなんですか?」とよく聞かれる。

咄嗟の質問に応えるのは得意なのだが、たまにウッと回答につまることがある。

そう、沈みがちな時はしかたないのだ。

だが、この頃は理由もなく元気だ。

いいことがあった時のワナワナする感じを表現すると響きがいい。

声楽に限らずフルートだってそうだ。

練習前には過去のいいことを思い出して、ワナワナしながらテンションを上げて吹くことだね。

それができない時はむしろ他のことをしたほうがいいのだよ。


近所に見つけたフレンチ。





遠くまで出かけなくても近所で美味しい食事ができることを発見した幸せ♪

このワナワナで演奏しよっと。

2015年3月5日木曜日

タン、タタ、タカタカ

この頃自信がついてきた初見のテスト。

見事に惨敗の巻。。。
まずはB durのスケールから。

高音域で音の間にノイズが入る。

指は正確にカチッと動かすこと。

わかっちゃいるけどできない。。。汗。

で、ケーラー。

眺めてみるに、一泊をせいぜい二つに割っているだけだし、別に難しいことなどない。

けれどこれを三拍子のリズムを感じる速度で演奏するとなると速すぎて楽譜を追えない。

そこで、楽譜を追えるスピードにダウン。

すると、拍子感がなくなる。

みごとに数えられなくなって中断。。。止まってはいけない初見のテストで止まってしまった。

楽譜を眺めると読めるのだよ。でも吹くとできない。

もどかしい。

四分音符はタン。
八分音符はタタ。
十六分音符はタカタカ。

タンタカ、タンタカ、タカタカ・・・

それをゆっくりやればできるはず。

よーし、次回こそは! って何度思っているのだろうか。

楽譜を見て瞬時にリズムが読めるっていいよね。

時間軸で迷子になって、あれよあれよと言う間に時が過ぎてしまうのって、考えてみれば、そうやってあれよあれよと人生の終焉に向かって命を削っているわけだよね。

瞬時に楽譜からリズムが読めれば、限られた人生の時間を有意義に過ごせるとするのは考えすぎだろう。

バランタイン12年を買ってみた。
竹鶴17年、マッカラン12年と飲み比べてみた。
その差は、フルートの材質の違いによる音色の違いくらいにしか感じられない。
バランタインは2,000円でおつりがくる。
これでいいではないか。

ただし、飲みすぎると人生のリズムが狂うから嗜む程度にほどほどにね。

2015年3月1日日曜日

空気は見えない

レッスンは初見のテストから。
ゆっくり吹けば問題ないはず。

にもかかわらず、

初めて出てくる八分音符のところで戸惑い、リズム崩壊。

上昇音形では短音階の臨時記号を見落とすことはないのだが、下降で見落とす。

調性感がないからなんだよね。

臨時記号は同じ小節内で有効。

次の小節のCA(courtesy accidental)としてナチュラルを記譜することより、同じ小節内の同じ音に臨時記号をつけてほしいと思うのは私だけだろうか。

あえて苦手なスタイルの楽曲を克服するための練習にと「踊る人形 Poldini」。
この数ヶ月、お腹のトランポリンを意識したタンギングでの発音を日課練習としているせいか、まずまずの発音ができる(と思う)。以前はこの類の曲は演奏中に音がどんどんスカスカになりがちだったのだ。
同じパターンのフレーズは同じ感じで演奏すること。
具体的には中音域のEから低音域のEに移動する時の「間」を空けないこと。そしてその「間」は違う音域の同じフレーズになっても変えないこと。
この統一感がないといかにもシロートの演奏になるのだ。

なるほどね。

今日もまーたまたお勉強になっちゃったものなー。


「歌の翼」を暗譜で吹いてみた。
アーティキュレーションにやや不正確なところがあるものの、暗譜で吹ける。

が、

棒吹き」との指摘。

吹いている本人はかなりダイナミックをつけているつもりでも、録音するとがっかりするくらいダイナミックが欠落するそうです。

ダイナミックを音の物理的な大小だと思うからそうなるのではないだろうか。
ビブラートや、響きに「想い」を載せることができればダイナミックに聴こえるのではないだろうか、、、、というのがこの頃考えることなのだが、なにせアダルトビギナーのシロートなもんでよくわからないのだ。

やっと暗譜で吹けるようになったと喜んだのもつかの間、表現の厚い壁が、、、。


久しぶりのフレンチビストロ。



サンテミリオンのグラン・クリュ。
しっかり感があって強すぎず、料理と合う合う。



学校と家庭と社会がしっかり連携をとる必要がありますね。」
常識的なコメントにうんざり。
インフォーマルな空間は、そういった社会から知覚できないところにあると考えると、連携してもリーチできないわけで。
学校がなんども家庭と連絡を取ろうとしたということは、責任回避のエビデンスにずぎない。
周囲の子供にヒアリングできないような空気が形成されてしまったら、なかなか後戻りできないのだよ。

2015年2月24日火曜日

フルートの重量と体力、もしくは気力

音楽仲間との練習後って、いくらかの興奮状態がしばらく続いて、しばらくの間眠れないことがあります。

練習していた曲がずーーっと頭の中で鳴っているのです。


オペラの稽古の帰り路、仲間と食事したのですが、いつになくハイになって午前4時まで呑んでしまった。

二日酔いはしなかったものの、さすがに疲れた。

疲れた状態での日課練習。

いつも洋銀の菜々子(ムラマツM70)で練習することが多いのだが、この日は総銀のADを吹いてみた。

血中にお酒が残っているせいか、簡単なスケールでいつも転ばないところが転ぶ。

つまり、弱いポイントが出るってことだな。そこをしっかり練習すればいいのだ。

集中的に練習するポイントが判明するので、飲みすぎた翌日の練習には大きな意味があるのだ(と思うことにしよう)。

そして音程が不安定。。。

お腹の支えって言うんでしょうか。しっかりお腹で吹いていないみたい。

そこでいつもの菜々子に取り替えてみた。

びっくり。

不安定だった音程も改善され、スケールの指も軽快になった。

これまで洋銀の菜々子はよく鳴るけれど、パワーをかけるとサチり気味なのに対し総銀はしっかりパワーを受け止めてくれる印象で、キーのカチッとした感触も総銀の方がはっきりしていて吹きやいように感じていた。

疲れていて総銀を鳴らす力がないなんて初めてのことだ。

おいぼれたか、、、。
洋銀の菜々子

総銀のADCC
360g VS 435g  たった75gの違いがこれほど違うんだということに初めて気がついた。

管が薄い9kは軽くて鳴らしやすいので年配の人に向いていると言うことの意味がわかった。

でもそれならムラマツEXでいいと思うのだけれど、同じような音色だしね。

2015年2月18日水曜日

美味しいウイスキーを見つけた幸せ

普段スケールとアルペジオの練習にメトロノームを使っていないのだが、この数日はメトロノームを60にセットして1カウントに四つの音で練習している。

だいぶゆっくりなので簡単に音が揃うはず、、、なのだが、苦手な調の高音域などは指がかえって早く動いてしまう。

人生は蛙のごとく

あせらずゆっくり確実にを心がける。

すると、思いのほか、指が転ぶし、音がひっくりかえる。

うまくできるまで繰り返すとなかなか先に進まないが、あわてることはないのだ。



ラジオで美味しいと聞いた竹鶴17年。
なかなか入手できなかったウイスキーが入手できて嬉しい。
もうすぐ無くなるマッカランと飲み比べ。
アテは落語家が好む焼きアブラゲ。
ラジオでの解説は、世界でニッカの余市だけという石炭を使った製法のため、焦げの香ばしさが出ると言うのだ。

うまそうな触れ込みではないか。

が、

マッカランの方が、香ばしさが強い。
舌の上で転がした感じも、手応え十分なのはマッカラン。

竹鶴にはがっかり(決して不味くはないのですが)したものの、マッカランがとても美味しいことを再発見できて嬉しいのだ。

2015年2月14日土曜日

マンネリからの脱却が課題かも

昨年の秋より、日課練習のスケールとアルペジオをタンギングとノンタンギングスタッカートにして、お腹のトランポリンを意識し、音の立ち上がりと響きを重視する方法にしている。

三ヶ月が経過。

いくらか成果が出てきた。さほど音の出だしが怖く無くなってきた。

それにしても練習中に他のことを考えることがある。

あんなことがあったよなあ、こんなことも、、、。

などと過去を回想することが多いようだ。

あれ? 今何調までいったんだっけ?

てなことが増えてきた。

これ、よくないよね。

そこで数日前からタンギングとノンタンギングスタッカートに加えて、スラーも入れている。

それでもボーーーっと練習することがある。

厳しい先生の写真でも眺めながら練習するかな。。。

目の前に先生がいないってことは自分の耳を先生にしないとね。
そうすることでもう一人の客観的な自分を意識しないと一人相撲になってしまうのだよ。


さて、レッスン。

撃沈することの多い初見のテストから。
モチロン、テンポはかなりゆっくり。
強弱などの表現は置いといて、どうにかクリア。

ふぅ。


アンデルセンは大甘でクリア。

テンポを上げることが課題だったが、どうしても転ぶのだ。

期待したテンポはムリだけど、よく練習したからいいでしょう。



ラジオでみのもんたが竹鶴17年を絶賛していた。
マッカラン12年がそろそろ終わるので、竹鶴17年を買ってみようと探しているのだが、近所の酒屋がことごとく廃業。
そしてスーパーには低価格のお酒しかない。。。
アマゾンで頼もうかなと思っていたところ、ディスカウントストアで発見。
さて、違いのわかる男として、絶賛できる味わいを堪能できるでしょうか、、、?

2015年1月31日土曜日

アルテリーベ新橋 

フルートは困難な課題に直面しているが、吹く時間は取れずじまい。。。


オペラ出演に備え、主役との二重唱の初稽古。

しっかり練習したはずなのに、音を外すは、声がサチるは、演出家の指摘を守ろうとするとセリフを忘れるなど、、、散々で、改めて「演ずる」ことの難しさにショック、、、。

気を取り直して新橋のアルテリーベというドイツ料理を食べながら(もちろんドイツビールも)オペラアリアを楽しむディナーへ。
舞台の真ん前に着席。

す、すごい音圧。

歌手の奥歯の詰め物が見える、、、汗。

いやー、このお店のお客さん、年配者が多いのだが、みんなオペラ大好きで、リビアーモの合唱部分を声を揃えてみんなで歌うんですよ。すごすぎ。

ソリストの演じ方も大変テンションが高く、見事でした。

こういう本物に触れると、シロートが人前で演奏することがホトホトいやになってくる。

安易にシロートが舞台に載ってはいけないのだよ。

が、しかしモノは考えようで、同じように演ずることは不可能だけれども、シロートの演ずる味を出せる楽曲で人を楽しませる演じ方があってもいいよね。



映画「天国は、ほんとうにある」観る。
ネブラスカで本当にあった(と言われている)話の映画化。

本当は「ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して」を観たくて映画館に急いだのだが、雪のため電車が遅れて間に合わなくて、仕方なく「天国は、ほんとうにある」を選んだ。

つまり午前のオペラの稽古からアルテリーベディナーまでの時間調整。

神を信じよ、と説教している神父が実際に自分の息子に起きた臨死体験での神秘に触れ、自問自答するのは、ダーウィンを知りながら皇軍として戦った日本兵のごとしってことだな。

2015年1月29日木曜日

B層のネットリテラシー

音の響きに注意してノータンギングとタンギング。

ソノリテの音の同質性も伸ばす音より、初めの音の立ち上がりを最も重要だと考えて練習している。

やっと、いくらか成果が出てきたような気がすると自画自賛。


レッスンは例によって初見のテストから。
初見のテストと言うより、アンブシャの柔軟性テストと言う感じ。
丸をもらうことができたけど、上昇する時に二つ目の音を小さくすることと、下降時の低音は吹き込まないようにとの指摘を受けた。

わかっちゃいるが、難しいのだよ。。。

アンデルセンはまたもや×。

リズムを強調すべくテンポアップすると指が転ぶ。

そこで、メロディーラインをきちんと捉える訓練をするようにとの指摘なのだが、メロディーラインがどこなのかは、感覚的に捉えないといけない。

脳みそがヒートしてきた。。。




近所の喫茶店にて、
「xxxxが体にいいんだって。」
「へー、そうなの?」
「うん、テレビで言ってた。」

誰が何を根拠に言っていたのかが重要なのだが、一億総白痴化を狙うテレビを鵜呑みにする人がたまにいる。

先日、近所の芸術家の卵が集まるお店のカウンターに食事に出かけたら、お店にしては珍しく、年配のオヤジが隣で一人で飲んでいた。

お店の人が、ISISに捕らえられた人質どうなっちゃうんだろうねえ、などと話していたら、件のオヤジが、
「ISISは◯国が支援しているんだ、けしからん!」
私「え?そうなんですか?」
オヤジ「みんなそういうことを知らないのは問題だ。◯◯党の半数は在日◯◯人だとか知らないだろう?」
私「え?そうなんですか?」
オヤジ「今の人は自分で調べて自分で考えないからダメなんだ!」
私「どうやって調べるのですか?」
オヤジ「ネットに書いてあるよ!」
私「なんていうサイトですか?」
オヤジ「どこのサイトとかじゃなくて、ネットで調べればそんなのたくさん出てくるよ!!」
私「・・・あのー、それってもしかして、、、」
オヤジはすっくと立ち上がり、座った目で此方を睨みながら、
「とにかく◯国と◯国とメディアはけしからんのだ。今こそ日本人は立ち上がらなくてはいけないんだよ。どうしてそれがわからないんだ!!!」

2005年のB層はコンピュータリテラシーが低いのでフライヤー戦略が望ましいとされていたが、今時のB層はすっかりネットを使いこなして勉強するようになったようで。。。

2015年1月24日土曜日

もらえる、、、

TEACのハイレゾアンプを買ってから自宅で録音音楽を聴く楽しみが増えた。

音の透明感、クッキリ感がかなり向上したからね。

だが、経験上、オーディオ装置を取り替えた直後は新鮮な気持ちにビックリするのだけれども、しばらくすると、その新鮮な音に飽きてしまいがちなんだよね。

それでもって「この音は違うなあ、、、」などとベートーベンみたいなことを言いながら装置を取っ替え引っ換えすることになる人をたくさん見てきた。

オーディオ装置は音楽を聴くための手段なのであって、装置自体が目的に転倒することのないようにしないとね。

アンプをTEAC AI-501DAにしてから聴くのはオケをバックにしたオペラのアリアやカラヤンがバチカンで演奏するモーツァルトの戴冠式のミサなど。

大好きなフルートのソナタやコンチェルトはどういうわけかほとんど聴いていない。

おとなしい楽器の演奏は仰々しい装置で聴く必要がないのかな。

フルセットで39,800円のオンキョーのミニコンポは、小さめの音量でもそれなりに豊かに聴こえたが、TEACのアンプだとある程度音量を上げないと本来のリニアなダイナミックレンジが感じられない。

もちろんラウドネススイッチなんてないしね。

なので、ある種の「音楽を聴く」覚悟を持って臨まないといけないかも。

覚悟を持って聴くのでなければ、むしろラジカセかオーラトーン(ラジカセユーザーを視野にしたスタジオモニター)で聴いた方がよいのではなかろうか。

iTunes音源との接続はUSBケーブルなのだが、これがワイヤレスだったらもっとよかった。

TEACのサイトにはオーディオ用USBプレゼントキャンペーンの告知がされていて、「購入者限定 応募者全員 もらえる」とある。

こちらが何も提供しないのに、片務的にもらえることは通常ありえない。
ケーブルとアンプを抱き合わせて、価格を据え置くいわゆるディスカウントなわけで。
それも不要な製品と抱き合わせるくらいなら、はっきり価格に反映してほしいもんだ。
ブランドヴァリューを下げずに売り上げを上げたいなど、諸々の事情があってのことなのは、かつて製品ベンダーの側にいた者としてわかってはいるのだが、、、。

販売促進の定番「今、xxxxを買うとzzzzがもらえる」、というフレーズに違和感がある。

何かを無料でもらえるということは、本来嬉しいはずなのだが、何かそのフレーズには上から目線といいますか、人をバカにしたようなニュアンスを感じるのだ。

スーパーの店頭でウォーターサーバーの営業が「無料でもらえます!」と近寄ってきた。
聞けば、サーバーが無料で水は有料なのだ。そりゃそうだよね。
だけど、「無料でもらえます!」の掛け声で人の注意を引こうとするやりかたには、無料なら飛びつくだろうと軽んじられているような印象がある。

「ふざけるな!こちとら乞食じゃねえんだ。」

って気分になる。

それでもUSBケーブルのプレゼントには応募したけど。


久しぶりのピッツアはウマウマ。






2015年1月17日土曜日

認知、、、

今日はご近所のフルート仲間とアンサンブル。

新年から新しい曲が増えていて、出かける前にあわてて楽譜をプリントアウト。

チャイコフスキー、くるみ割り人形から行進曲。
初見をインテンポなので指を間違える。

初見なので大目に見てくださいね。

え?初見じゃない?11月に一度やっていて、その際はちゃんと吹いていた?

うそ?

まーた、みんなからかってるんだよね?

え???どうやらからかっているのではないようだ。

でも、本当に楽譜に見覚えがないのだよ。

あーあ、なんだかほんとうにやばいかも。

年末に本番演奏が三つもあって、ハフハフしていたからだよね。

昨日の晩に何を食べたか覚えていないことは問題ないが、今日晩飯を食べたかどうか思い出せないのは問題だそうだ。

二ヶ月前にみんなで演奏した曲を忘れるって果たしてどっちなんだろう。

そりゃやばいほうだよね。。。



ハイレゾオーディオアンプを買ってみた。

今まではオンキョーのフルセットで39,800円のミニコンでした。
十分いい音だし、オーディオ装置に費用をかけるより生演奏を聴きに出かけたり、自分で演奏するためのレッスンに費用をかけるほうがいいと思っていた。

それでもTEACのこのアンプのデザインには前から引かれるものがあった。
購入動機はほとんどデザインのみ。

機能もシンプル。

ほんとうはBluetoothがあるといいんだけど、そういう機能は高級オーディオにはついていないのだ。

音の出口であるところのスピーカーが最も音質を決定づける要素が大きいと言う。
セットで39,800円のスピーカーのままアンプだけ換えてみた。

びっくり!

音の透明感が格段によくなり、鮮明に聴こえる。
iTunesに入れてある音源を再生してみた。

くっきりした音で聴くことの楽しみができてよかったのだ♪
これからはトールボーイのスピーカーを物色する楽しみと、ハイレゾ音源で基幹脳の活性化を目指すのだ。

そしたら認知、、、治るかも。。。

2015年1月15日木曜日

レッスンの幸せ

レッスンは例によって初見のテストから。
一拍を二つに割って、さらにその半分が三連符だったりするだけなのでリズムはクリア。
クロマチックもスムーズにクリアした。
が、例によってフレージングの切れ目を正しく理解できていなかった。
フレーズの切れ目はどこなのか、このぐらい初見で見抜けないとダメなのだ。。。

そしてまたまた例によって音を間違える。登りのフレーズで楽譜どおりに吹いたのに下降で臨時記号を落とすことが多い。
調性感がないからこういうミスをするのだそうだ。
でもなあ、、、。調性感がないわけではないと思うのだよ。
これが、口笛や(吹けないけど、、、)歌だったら音を間違えないと思う。
よほど自分の感性に合わないフレーズならともかく、特定の音をイメージしても、その音を出すんだという意思が自然と運指に繋がらないのだ。
これはほとんどのアダルトビギナーが同じ悩みを持っているのではなかろうか。
これはほとんど諦めるしかないだろう。ま、いいさ、死ぬわけじゃなし。


課題曲、アンデルセンの10番は次回までにテンポを上げて、リズム感を強調するようにすることとなり、さらに11番について少し見てもらった。

11番は自分でも音の移動に音楽を感じ辛く、いわゆる「早く終わらせたいエチュード」だったのだ。

が、これは音形を見ると、はじめの三つが下降し四つ目がポンと上がるパターン。
と言うことは、一つ目と四つ目が大事。

 つまり、
このパターンで練習するとメロディーがはっきり見えて来る。
そして、付点音符を吹いている時に、本来聴こえるはずの音を想像しながら演奏することで、つまらないエチュードだと思っていたものがとても綺麗な音楽になった。

これは新しい発見だね。
音楽をよく知っている人にとっては「あたりまえのこと」かもしれないが、シロートにはこうした発見が嬉しくてたまらない。

ああ、シロートでよかった。

2015年1月10日土曜日

小さな幸せ サムソナイトの修理 DIY

海外旅行の際に持っていく荷物についての考察。

近年はEagle Creekのホイールラッゲージという布製に伸縮自在のハンドルとキャスターのついたモデルを愛用しています。

機内持ち込みギリギリのサイズで、エアーによっては機内持ち込みを許可しない場合もありますが、カウンターでお願いすれば、だいたい機内に持ち込めます。

これのメリットは、トランジットで荷物が紛失しないことと、到着後預けた荷物を待たずに、さっさと空港から出ることができることにつきます。

ですが、今年訪問するヨーロッパ旅行は舞台衣装などがあるためにEagle Creekでは小さすぎて荷物が入りきりません。

どうしようー、、、。

ずいぶん前に買ったサムソナイトの大きなスーツケースが二つあるのですが、数十年の経年変化でキャスターのゴムがボロボロになっていて実用になりません。

それでも捨てないでいたのは貧乏性の悲しいサガですね。

しょうーがない、いいかげんに新しいのを買おうか。

調べると中国製だと1万円代から。
日本製でしっかりしたものだとエースのProtecAが5万円くらい。
リモワやゼロハリの平行輸入だともう少し高い。

1万円の製品は安いけど、一回で壊れたらCPが低い。
耐久性のありそうな製品でも、キャスターはいずれ壊れるようだ。

ちなみにキャスターの壊れたサムソナイトをメーカーで修理すると2万円以上かかりそう。

どうしたものかと思案していたら、、、、

DIYで自分で修理するって手があるじゃないか!
ボロボロの車輪
車軸をドリルで脱却
50年くらい前のハンドドリル
ハンマーキャスター他
アフター

修理にかかったパーツの総額、784円也。
5万円ほどを覚悟していたのに784円で済んだ!

壊れたサムソナイト、捨てないでいてよかった!!

壊れたからすぐに買い換えるのではなく、DIYで直せるものは自分で直す。

小さな幸せを感じる時ってこういう時。

キャスターから車輪を脱却するのにドリルを使うと、軸自体がドリルの刃と一緒に回ってしまうので、ある程度ドリルで削ったらヤスリでゴシゴシ削るなどしたので、四輪全て取り替えるのにずいぶんと時間がかかってしまった。
けれど、なぜか作業を始めると夢中になってしまって、最後までやり遂げるまで中止できないのだよ。
急ぐわけでもなし、1日1個ずつでもいいのだけれど。。。

そんなわけで、フルートはスケールとアルペジオだけでおしまいな1日。

2015年1月8日木曜日

過度な緊張対策 星空を眺める

へっぽこシロートが人前で音楽を演ずるなんて緊張しちゃうよね。

伴奏合わせ当日も午前3時に覚醒して眠れないし、ゲネプロから本番に近づくに従い緊張はピークに。

失敗したからって命に別状があるわけじゃないんだけど、緊張が緊張を生むループに入ると、なかなかそこから抜けられないのだよ。


山に行って星空を眺めながら寝ることがある。広大な宇宙空間を眺めながら、時間と空間と、その先を想像することはとても気持ちを落ち着かせるのだ。
それを自宅でやってみたら緊張対策に効き目があったのだ。

雲のない寒い日にベランダで寝るだけのことだけど。
写真はイメージです、って当たり前だよね。
時間とは何か、無限の空間とは何か、存在とは何か、子供の頃はよくそんなことを一晩中考えていたりした。
これで賢かったら哲学者になっていただろうに。

果てしない空間と悠久の時間の中で、いかに自分の存在が小さいかと思うと、数分間だけ人前で演ずることはさらにまた小さいことで、宇宙には全くと言っていいほど影響がないんだよね。
そう思うと、なんだって平気さ。
いつかこの命が終わる時、きっとこの宇宙空間に溶けるように一体となるような気がする。

何故そう思うかと言われても説明できないけど、一神教のような裁きに合うという気持ちにはなれない。
仏になる修行はしていないが、何故か直感的に宇宙と一体になれそうな気がする。

そんな直感は理性の錯覚かもしれないが、、、。

2015年1月1日木曜日

フルートクライス同級生のコンサート 

昨日は大晦日、そして今日はお正月だったんですね。

なんと1日勘違いしており、昨晩酔っ払って寝ていると友人から電話があり、早く年越しパーティーにおいでと言うではないか。
え?明日でしょ?と間抜けな私。

酔っ払って寝てしまった。とほほ。

今月末にはフルートクライス主催の上坂さんの同級生のコンサートがあります。




ミュージカル「SEMPO」、「日本のシンドラー 杉原千畝物語 六千人の命のビザ」観る。
近・現代史の解釈については様々な意見があるので時として辛いのだが、人道という視点だけは揺るぎないのだ。

2014年12月31日水曜日

過度な緊張と「演ずる」

歌とフルートの本番演奏が続いた12月はしんどかった。

何がって、へっぽこアマチュアが舞台で演奏することにとても緊張してしまうからなのだ。


本番前のストレスマネジメントの成功が今回の大きなゴールなのだ。


落ちたらどうしよう、間違えたらカッコ悪い、下手すぎて笑われないだろうか、、、などと要らなくない心配をするのも当然だ。


伴奏合わせやゲネプロや本番の前はぐっすり眠れなかった。

こんな思いをしてまで人前で演奏することの意味はなんなんだろうか?
人生の意味と同じでよくわからない。

思うに、この過度な緊張は自意識過剰から来るのではなかろうか。

人は自分が思っているほど、自分のことに関心を持っていないにもかかわらず、人目が気になって仕方ない性質なのかも。

ブ男のナルシスト?
案外やな奴だな、俺って。

諸先輩のアドバイスで、イメージトレーニングしてみた。


舞台は私のモノ。

聴衆の心を鷲掴みにするつもりで自信を持って臨む。
聴衆に負けないテンションで臨む。

へっぽこにとって、これらの自己暗示は自分を騙しているにすぎないわけですが、それでも案外ステージに立つと足がすくむ程の緊張はなく、思い切って演じることができたことは大きな収穫でした。


自分を騙すことなく、これらの心境になれるまで仕上がっていることが望ましいことは言うまでもありませんが、へっぽこにはそも限界があるってもんですよね。




演出家の「演ずる」ことに対する言葉が印象的でした。

「舞台」「聴衆」「演者」がいて、一回性の中で、全ての情熱を出し切る。
「演ずる」ためには100%その気になって高いテンションを保ち、その世界に入り切ること。
少しでも、一人でも気を抜いたら舞台は壊れてしまう。
舞台という世界で生き抜くこと。
とてもエネルギーが必要なのだが、もうここで死んでもいいと思うくらいの気持ちで演じてみたつもり。

力一杯「演じる」ことが目的なので、そこには失敗したらどうしよう、という不安はない。


それでは何故「演じる」のかはやはり人生の意味と同じでよくわからないのだ。


「演ずる」ことに夢中になれた証拠に、私にとって大きな収穫がひとつあった。

Or per le mute stanze Sempre la cerco e chiamo

Or per le mute stanze
と歌うべきところを

Sempre la cerco e chiamo
と歌ってしまったのだ。
普段のレッスンだと、「あ、すいません!」と言って止まってしまうのですが、心の中で「アッ」と叫べど、止まることなく、悠々とSempre la cerco e chiamoを二回歌い通した。

レッスンでできなかったことが、本番でできた。

本番に強い俺ってやっぱりナルシストかな。