2014年4月25日金曜日

上手い下手以上の価値の所在

ネットで見つけた某フルート教師のエッセイですが、

某フルート教師が教える某マダムは、拍を数えるのが苦手で、伸ばす音の長さや休符の長さが違う事が日常お茶漬けご飯だそうです。

ですが、件のマダムの吹く音は幾重にも刻まれた年齢から深い響きがにじみ出るのだそうです。
少々楽譜と違っていても、人生の機微を説得力とする味のある演奏をするとのことです。

いい話しです。

もちろん音楽家が長年研究してきた演奏の原理に則り、正確に吹けるに越した事はありませんが、音楽を聴いて「いいなあ」と自分が感じることを、そのまま人にバトン渡しするつもりで吹けばいいんですね。

なんだ、案外簡単そうだな。(と、自分に言いきかせる)

物事はシンプルに考えた方がいい。

自分がいいと思わない曲を吹いて、人にいいと思わせることなどできようか。

「上手い下手以上の価値の所在を諸君の目にみせてやる。それは指回りでも激しい跳躍でもない、この美しい音だ。」

と、いつか心の中で叫んでから演奏してみよっと。

2 件のコメント:

  1. 楽典の教科書レベルの「正確」というレベルの低い話は(笑)さておいて、自分がいいと思う方向と自分が感動したように次の人に伝えるための「正確さ」があればいいのではないでしょうか?
    気持は込めたから、まあ結果オーライということではなく、そこはやはり自分が望むものを姿かたちにするためのスキルは求めたいと思います。ただし、決してこれから音大受験するわけじゃないのでね・・・・。^^

    返信削除
    返信
    1. Sonoreさん、
      コメントありがとうございます。
      音大受験。どんなにがんばっても受かりません。まだ医師免許、弁護士の方が可能性あります(笑)。

      削除